corda:金澤→←吉羅
確固たるものが揺らぐ瞬間を待ちながら、訪れないことを願ってる。
確固たるものが揺らぐ瞬間を待ちながら、訪れないことを願ってる。
「全く、此処はあなたの休憩所じゃないんですよ」
とか何とか言いながら、吉羅はコーヒーを淹れにいく。
俺が勝手に来ているのだから放っておけばいいのに、自分が飲みたいから、というようなことをわざわざ宣言した上で、結局、きっちり二人分のコーヒーを淹れてくる。可愛い奴だ。
自分の分ぐらい自分で淹れるし、何だったら吉羅の分まで用意したっていいと思っているのだが、そうすると何故か微妙な顔をするので、好きなようにさせている。特に、こだわりがあるわけでもない。
宣言通り一人分のコーヒーを淹れ、俺の前で優雅にコーヒーを飲む。やろうと思えば出来るはずのそれをしないのは、何故か。考えるまでもない。
「ばかだな」
呟きは、すぐに溶けた。
「何か?」
思っていたより時間が経っていたようだ。
二つのコーヒーを持って歩いてくる吉羅に、何も、とだけ返すと、彼は興味ない顔を崩さないまま、俺の前にマグカップを置いた。猫の模様のある、吉羅には不似合いの代物だった。
「なんだ、こりゃ」
マグを持ち上げ、しげしげと柄を見る。
「あなたが来る度に、客用のカップやソーサーを準備していられませんので。これで十分でしょう?」
なーんて。可愛くないことを言いながら、浮かべる微笑は艶やかで、凶悪的に可愛らしい。というか、よくよく考えれば言葉自体も可愛らしく思えてくる。
もしかしたら、吉羅は俺の嫌そうな顔を見たかったのかもしれないが、残念だったな、と言わざるをえない。
(だって、そうだろう)
いつ用意したのかは知らないが、どう見たって俺専用としか思えないマグカップ。彼のいう客用であるコーヒーカップの容量より多いそれに注がれたコーヒーは、飲みきるまでは此処に居てもいいと言われているような気がしてならない。
(可愛い奴だ)
それすら不本意に思ってそうなところなど、余計に可愛く思える。はっきりいって、重症だ。
(ま、これで全部無意識だっていうんなら、それはそれで、)
礼を言って、マグに口をつける。
うまい。口に出せば、これまたそっけない返事をして、吉羅は向かい側に腰を下ろした。
変なところで律儀な奴なのだ。忙しいといいながら……いや、実際忙しいだろうに、こうして一緒にコーヒーを飲むのだから、大概、吉羅も吉羅だと思う。
まあ、そうでなければ、此処に来る甲斐も、俺が訪れる必要性もないというものだが。
思わず笑ってしまいそうになるのをどうにか堪えていると、何かよからぬ雰囲気でも伝わったのか、吉羅がじろりと睨んできた。
その眼を見て、何故か唐突に過去のことを思い出す。
それも、美夜に紹介され、吉羅と初めて出会った頃のことだ。
下から真っ直ぐに向けられていた眼差しは、敵視という言葉がしっくりくるぐらい、ぎらぎらとした光が宿っていた。あんまりにもきつい目で見つめてくるわ、懲りないわで、仕方なく構ってやろうとすれば、避けられる。
時に――というか、姉がいないのを見計らって姿を現しては、正面きって啖呵をきられることもあったが……。
(そんな時、俺はどうしてたんだったか)
挑発したんだったか、笑い飛ばしたんだったか、よく覚えていない。年は取りたくねえな、と苦笑したところで、疑問が湧いた。
そういえば、そんな彼の態度が軟化し始めたのは一体いつからだっただろう?
「――金澤さん? 聞いているんですか?」
思考を中断させる。
呆れを含ませた吉羅の言葉を辿っていけば、丁度、彼が溜息を吐いたところだった。
「ああ、悪い。で、何だった?」
その返事がお気に召さなかったのか、吉羅は眉間に皺を寄せて、俺を見た。こいつと親しくない者であれば、たじろぐ程の眼力だが、残念なことに俺は真っ直ぐに向けられる吉羅の目を受け流すことにも、かわしてしまうことにも、慣れていた。
だけど――この感情は“気まぐれ”とでも呼ぶのだろうか。
微かな苛立ちが滲む目を、ゆったりと、だが強く見返せば、逆に吉羅の目がほんの少し瞠られるのがわかった。動揺を、あまり面に出すことのない彼が揺らぐ瞬間、俺は内心で密かに笑う。
気を取り直し、更にきつい目をした吉羅と、言葉なく暫し見つめ合っていたが、先に目を逸らしたのは、やはり……といっていいものかはわからないが、吉羅の方だった。
ふい、と斜め下に落とされた視線を確認した後、無意識に口角が持ち上がるのがわかる。俺も、大概大人気ない。
まだ此方を見ようとしない吉羅を見る限り、どうやら今日は張り合う気はなさそうだ。負けん気の強い性格ながら、こんな時は“後輩”という二文字が勝ってしまうのだろうか?
沈黙の中、コーヒーを飲み進める。吉羅はそれからカップに手をつけようとしない。
やれやれ、どうしたものかと思いながら、マグの中を覗き込む。
(あと、半分)
思ったところで、あなたは、と吉羅の掠れた声がした。
顔を上げるが、吉羅と目が合うことはない。膝の上で握り締められた手は、震えているようにも見えた。
「あなたは、いつもそうやって……」
言いかけた言葉を途切れさせ、悔しそうに唇を噛む。
うっすらと見えた白い歯に、す、と目を眇めた。
「吉羅」
静かに名を呼ぶと吉羅は肩を揺らしたが、やはり俺を見ることはしなかった。
――この、感情は何だろうか。
時折、彼がこんな態度をとるのと同じくしてあらわれる、この感情の名は。
吉羅の表情は伺えない。名を呼んでも此方を見なかった目は、今、どんな風に揺らぎ、どんな色に彩られているのか、興味がある。好奇心といってもいい。
だが、例えば身を乗り出して、その頬に手を滑らせて、上を向かせたなら、俺は……俺たちは、どうなってしまうのだろう。そう、自分のどこか冷静な部分が考える。
震える声で名を呼ばれたら。その手が、指が、拒絶をしても、受け入れても、縋っても――俺は?
(どうする? どうしたい? どうしてほしい? どうしてやりたい?)
ぐるぐると混ざる思いたち。
答えなど、出せるはずがない。
ぬるくなったコーヒーを飲み干し、空になったマグを机の上に戻した。
ぴくりと反応した吉羅が、細く長い息を吐き出し、心を落ち着けているのがわかる。多分、すぐに何でもない空気に戻るだろう。
いつも通りの吉羅が、いつも通りの言葉を吐いて、全てが“いつも通り”になってしまう――その前に、ソファーから立ち上がった。
俺は……卑怯、だ。
「サンキュ。コーヒー、うまかったぜ」
それだけ言って、白衣を翻すとドアへ向かって歩いていく。
おかしな話だ。いつも通りを望み、いつも通りを強いるくせに、いつも通りにしようとする彼の思いを拒んでしまうなんて。
少しはマシになった気がしていたが、自分本意なのは、変わりようがないらしい。
く、と咽喉の奥に消えた自嘲を、吉羅が知ることはない。
「っ、金澤さん!」
咄嗟に引き止められた声には、ひらりと手を振ることで返した。振り返り、吉羅が今どんな表情を晒しているかなど、確認するまでもない。
いつの間にか、手に馴染んでいたドアノブを握り、この空間から出て行く。吉羅を一人、そこへ置いていく。
「また、飲みに行こうぜ」
ドアの音にかき消され、届かなかったかもしれない言葉。
でも、きっと届いただろう。今度は、どちらが誘う側になるのか、そこまではわからなかったけれど。
残響も消え去った頃、ドアを背にして、おもむろに懐へ手を入れた。慣れた動作で煙草とライターを取り出してから、は、と笑みを零す。
「ここで吸うわけにゃ、いかねえか」
小さな響きごとポケットに突っ込むと、サンダルを引き摺りながら歩きだす。
「あー、年は取りたくねえなあ」
今日、二度目になる言葉を改めて口に出してから、ぐしゃぐしゃと頭をかきまぜた。
もしも、――と脳裏を掠めた、あるはずのない、でももしかしたらありえるかもしれない未来を、頭を振って否定する。
あいつが、吉羅が繋いでくれた人生を、ただの気まぐれに壊させてやる気など、毛頭ない。
「だからお前も……もう、そんな瞳で俺を見てくれるな」
自身が招いた結果だとしても、俺は卑怯だから全てお前に押し付けてしまう。
そうでもしなけりゃ、手を、伸ばしてしまいそうになるのだ。
例え、先に望んだのがお前の方だとしても、お前に救われた俺が、お前の人生を壊しちまうわけにはいかないだろう?
吉羅のことを大切に、大切に思っていた、一人の女性を思い出す。
「なあ、お前もそう思うだろう? 美夜」
今は亡き吉羅の姉を思いながら、一人、姉を思って佇む背中の孤独を 想うのだ。
そんなこと、お前は一生知らなくていい。
知らなくていいんだ。
触れたら最後
( 何が終わるのか なんて、考えたくもない )
アンコールの二人が見れてないまま、アンコが行方不明になったので、カッとなってやった。後悔はしていない。しょうがないので漫画本参考で、かなきらです。猫のマグは香穂子の入れ知恵、っていうのをいれようと思ったんですが、入らなかった。別にいいんだけども。作戦は失敗です。ていうか、吉羅さまの受がすきです。前もそんなこといってたな!吉羅を可愛い奴って思ってる金やん書けて満足です(*´∀`*)あと、こっそり……かなきらに拍手下さった方ありがとうございました。お友達からはじry……かなきら、もっとふえろ!\(^▽^)/
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