「私は、お兄さまのことが好きでした」
「うん」
「とても、とても好きだったんです」
「知ってるよ」
小さく笑うスザクさんを見て、更に続けようとした言葉をのみこむ。言葉になどしなくても、私がどんなにお兄さまのことを想っていたか、彼は誰より理解してくれていると、わかったから。
(そう、きっと
――誰よりも)
黙ってしまった私を見て、スザクさんが首を傾げた。
言葉として何かを問われたわけでもないというのに、まるで促されたように私の唇は動いていた。
「スザクさん……は、お兄さまのこと、どう思ってらっしゃったのですか?」
「僕?」
驚いた目を見つめ返すと、すぐ眉間に皺が刻まれた。怒っているのではなく、どちらかといえば困っているようだった。
「僕、は……」
地に落とされた視線。苦しげに言いよどんだ言葉の向こうを、じっと待つ。
彼の心が、今、どんな風に揺らいでいるのか。何を思い描き、何を思い出しているのか。私にはわからない。知らない時間に築かれた、二人の関係を想像することだって、出来ない。
だけど
――彼の出す答えなら、わかっていた。
「僕も……ルルーシュのことが、好きだったよ」
何もかもを綺麗にのみこんで、それでもお兄さまを好きという人。
「そうですか」
「うん」
悲しみをのせてでも、笑おうとする 人。
「私、」
「ん?」
「スザクさんのことも、好きですよ。だって、お兄さまを好きと言ってくれる方ですから」
お兄さまにとっても、私にとっても大切な人。お兄さまを喪った世界であっても、なくても、この胸に変わらず存在する想いに、いつからか気づいていた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ふ、とスザクさんが自嘲気味に笑う。
「ナナリーは、心が広いんだね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。だって僕は、ルルーシュを好きだっていう人のことなんて、好きになれそうにないもの」
その言葉の意味に、気づかないわけはない。
「スザクさん……」
お兄さまを好きだという彼は、お兄さまを想う誰かを許せないほどに、今も想っている。
どこかで気づいていたはずなのに、知らないふりをしていた彼の感情を突きつけられて、それ以上の言葉を失くしてしまった。
ぎゅ、と痛んだ胸に手をあて握り締めれば、気づいたスザクさんが優しく笑いかけてくる。
「でも、ナナリーのことは好きだよ」
「……なぜ? お兄さまを好きだという方はお嫌いなのでしょう?」
――許せないんでしょう? いっそ、憎らしくすらあるのでしょう?
声には出さず、心の内だけで言い募れば、スザクさんは“うん”と頷いた。
「でも、君は特別だ」
柔らかで優しい微笑の中に、ほんの少しの狂気を混ぜて、彼は言う。
「だって、ナナリー。君は、ルルーシュが唯一愛した女の子なんだもの」
きらめいた瞳の色が変わってゆく。そのさまに息をのんだ。
そっと頬へ伸ばされた手を、反射で避ける。
「あ、」
逸らした顔、傾けた首、肩から落ちた髪の向こう。変わらないスザクさんの表情がある。
以前、伸ばした手を避けられたのは私だったはずなのに、今、私がスザクさんの手を避けている。あんなにも知りたかった彼の心なのに、今は知ることがこわかった。
「ナナリー」
呼ぶ声は、愛しささえ滲ませるのに、どうして。
その眼差しは、容易く私を通り越し、遙か遠くを映して いる。
(ねえ、スザクさん。そこに、お兄さまが見えるのです か?)
私を介してお兄さまを想うなんて、酷い人。
(でも、私も同罪だと、あなたは言うのでしょうか)
そっと瞳を閉ざすと、彼の纏う空気が動いたのがわかった。
先ほど避けた手が同じように伸ばされ、そっと頬に触れた。彼を彼たらしめるあたたかな手が、頬を伝う滴を辿る。
目尻を拭う指先は、酷いくらいに優しかった。
愛さないでください
(それがあなたの愛だと、気づかせない で)
ルルーシュが愛したなら僕にとっても君は特別。っていうスザク。久々のギアスです。実は、スザルルもルルナナも好き。きっと単品では書きませんが、三人ははまた書けたらいいな。最初ナナリーはちょっとスザクに対して無関心だったんですが、スザナナも好きな身としてはたまらなくなったので、だいぶ話が変わりました。一応スザク*ナナリー表記ですが、未満かもしれない。でもある意味では、ルルーシュとの繋がりより深い気もする。