公園のベンチに座り、ふてくされて俯いている二つ下の後輩に缶ジュースを差し出した。
利央はそろりと顔をあげ、俺と缶ジュースを交互に見た後、緩慢な動作で手を伸ばし、受け取る。いつもなら缶ジュース一本で、大袈裟なほど嬉しそうにするくせに。と思ったところで、小さな礼が聞こえ、おお、とだけ返して隣に座った。
横目で微動だにしない利央を見遣る。
かろうじて泣いてはいないようだったが、涙目の状態ではあった。
深刻に思い悩むほどのことではないだろうに。そうは思うものの、ここまで落ち込まれていては放っておくことも出来ないわけで。
自分用に買った缶コーヒーを開け、一口飲む。部活後で疲れていたせいもあって、冷たいそれが胃に染みた。背もたれに身体をあずけている俺とは違い、利央は背を丸くして俯き、俺のやった缶ジュースを両手で包むようにして持っている。
そこまで落ち込むようなことだろうか、と再度沈黙の中で思う。
ぽつり、と利央が語った話によると、一緒に帰ると約束していた準太が、さっさと和己と一緒に帰ってしまった、ということだった。俺としては、準太との約束が本当に交わされていたものかどうかも気になるところだったが、口には出さない。どうせ、いつものことだ。
そうだ。いつものことなのだ。
だというのに、今日はやたらとへこんでいるように見えた。
当社比30%増しってか? いい加減、準太に期待をする方が間違っているような気もするのだが、そこんとこはどうなんだ。あいつが和さん和さんなのは、利央が高校に入学してくる前からであって、中学もずっと一緒だったというのなら、それこそ俺なんかより利央の方がよく知っていそうなものだけれど。
まあ、多分認めたくないのだろう。その気持ち、今なら、わからないこともない。
ぐいーっとコーヒーを煽る。いつもより幾ばくか苦く感じるそれに顔を顰め、空になった缶を近くにあったゴミ箱に投げ入れた。
うん。ナイスシュート。
缶がぶつかる高い音がしても利央は顔をあげなかった。
もしや、本格的に泣き出してしまったのではないだろうなと、顔を覗き込むようにして名前を呼ぶ。
「利央」
躊躇いがちではあったが、顔が持ち上がってほっとする。
涙は流していないようだったが、独特の瞳の色もあいまってか、今にも溶けそうに見えた。ほんの少し顎をあげて、泣くまい、と奥歯を噛み締めるその様も、同情を誘う。とはいっても、俺の場合、そこに下心も加わってしまうわけだが。
呼んでみたものの、泣いているかどうかを確認したかっただけなので、それ以上言うべきことがないことに気付いた。
利央はまだ待っている。
純粋な、瞳で。
一瞬
――もう、やめちまえよ、と言いそうになった。
慕う気持ちも、一途に追いかけることも。
そんなこと、言えるはずがないのに。利央を利央たらしめるその想いを、やめろ、なんて。
ああ、本当に、自分の報われなさ加減には、ほとほと呆れ果てるしかない。いっそ嫌気がさしてしまえば、とは思うものの、早々うまくいくはずもなく。
世の中ってのは、なんてこの歳で憂いてみたりする。
だってそうだろう。
俺は、自らこんな面倒臭いことに首を突っ込んでいくタイプではなかったはずだ。少なくともこいつに出会うまでは。
もれそうになった溜息を寸でのところで堪える。
赤く充血した利央の瞳は、ふと兎を連想させた。さみしがりやのうさぎ。えらくでかい兎だ、と自分でつっこむことを忘れない。
俺の役目だって、忘れては いない。
「なあ、利央」
「なん、すか」
「お前、何で泣いてるわけ?」
「泣いて、ない」
「お兄さん、そういうしょうもない問答する気はないの、わかる?」
「慎吾さん、うざい」
いつもなら軽く流してしまえる言葉。
なのに、それをしなかったのは、何故か。
「あっそ。じゃあ俺帰るわ」
そう言って重い腰をあげたところで袖を引かれる。
「何?」
利央は答えない。かといって、引かれるまま隣に座ろうとも思えず、仕方なくもう一度問いかけるが、やはり、答えは返らなかった。
基本、こいつは甘えたなのだ。傍にいてくれるなら、優しくしてくれるなら、誰だって構わない。そういう奴だ。俺でも、俺じゃなくても、準太という存在でないのなら、利央にとっては同じ。
だから、こんなにも苛々する。
自ら傍にいることを選び取るくせに、都合の良い存在なのが気に食わない、なん、て。
チ、短い舌打ちが響いた。
利央の肩があからさまに揺れ、袖を引いていた手が、パッと離れていく。
「……ごめん、なさい」
か細い声だ。そんな言葉を聞きたかったわけではない俺は、無言のまま利央の頬へ手を伸ばし、顔をあげさせた。
光る眼球、そこから零れ落ちた雫に、息を呑む。
――俺は、異常だ。
さっきまで泣くのを堪えていた彼に、涙を零れさせたのが自分だという嬉しさで、身体が震える。
「ばあか」
それを悟られまいと、いつも通りの声を搾り出した。
「泣くくらいなら、初めから言うんじゃねえよ」
目尻に親指を這わせ、残った涙を拭う。
ひくり、震えた利央の白い咽が、目に焼き付いた。これ以上は、危険だ。
「ほら、帰るぞ」
明日も早い、なんて尤もらしいことを言って、利央の手を引き立ち上がらせる。
「っ、しん、ご、サン、」
呼ばれた名前が嗚咽に染まる。
それにうまく答えることが出来ずに、手を強く握ることで返事とすれば、ますます咽喉を引き攣らせて俺の名前を呼んでくる。
ああ、もう 何だって言うんだ。
抱きしめて、この腕に閉じ込めてしまいたくなるだろう。その涙を舐めとり、塩辛い吐息を封じ込めたくなるんだ。お前、わかってるか。わかってないだろ。あほりおー。
でも、俺はちゃんとわかってる。俺には、そんな権利がないってちゃんと知っているから。
だから、ただ強く、手を握り締めて 前を歩くよ。
ごめんなさい、と名前に混じり、途切れ途切れに聞こえてくる謝罪。
大丈夫。わかってる。心の中で囁く。
それはきっと、俺の台詞なんだ。
(ごめんな、利央)
お前が望まなかった帰り道を、望んだのは きっと俺だ。
下校願望
( きみといっしょがいいの! )
gdgdである\(^o^)/あいかわらず私の文章ひどくなるばかり。でもこのこらに愛はあるんだ うん。すき。